皆様には、平素より格別のご愛顧を賜り、厚く御礼申し上げます。
私の祖父である松葉眞一は、現大阪大学医学部で近代医学を学び、卒業後は大本営のあった広島病院で勤務した後、1907年地域医療に貢献するため眼科医院を開業しました。
1971年に当社は祖父の基本理念である『視力の回復』を実践するコンタクトレンズを販売する事業部門として設立しました。
私たちはお客様とのつながりを大切にしています。
1995年(平成7年)1月17日の阪神大震災では、さんプラザビルが崩壊しました。
お客様の視生活を支えるという社会的使命を果たすため翌2月には仮設店舗を立ち上げました。
すぐに往復ハガキ2万通を発送し、お客様の安否と、いま私たちがお手伝いできることをお尋ねしました。
戻ってきたハガキ1枚1枚に手書きで返事を書きました。その時にお客様との強いつながりと信頼感で結ばれているのだと感じました。
私たちは現在の情報化社会において8割の情報を眼から得ています。当社では、正しいコンタクトレンズの普及に取り組んでいます。
「美しい瞳、広がる世界」をイメージし、これからも地域社会において専門性の高い医療分野を通し社会貢献し続けたいと願っています。