槇隆司さんとは、クリーニングタブレットの使用時代からのお付き合いです。

槇隆司さんとのお付き合いは、46年になります。

パナメディカル槇隆司さんが、営業にやってこられました。

槇隆司さんとのお付き合いは、46年になります。

最初、槇隆司さんは、ボシュロムの営業担当者として、我が社を担当して下さいました。

ニチコンの宮脇理さんと、ボシュロムの槇隆司さんと、私の三人で、石垣島に遊びに行った思い出があります。

1971年のソフトレンズが発売された最初の頃は、ボシュロムのソフトコンタクトレンズ、商品名「ソフレンズ」が市場の独壇場でした。

まだ使い捨てソフトレンズが発売される20年も前の事で、ソフレンズは洗浄と煮沸消毒をしながら、2年も3年も使用継続されていた時代です。

ソフトレンズには、眼から分泌されるタンパク質がレンズの内部に蓄積されて、段々と白濁してくるので、そのタンパクを分解する必要が出てきました。

そのタンパク質分解酵素を、ボシュロムはクリーニングタブレットという商品名で販売していました。

クリーニングタブレットは、一箱が24錠入りで、価格は2,400円でした。

1錠が100円もしたので、片眼ずつ1錠使うと200円かかり、高く付くので、一部の方は、両眼を同じ瓶に入れて、クリーニングタブレット一錠でタンパク質を分解していました。

一晩おいてタンパクを分解していたのですが、翌朝2枚のレンズがピッタリと重なってしまい、レンズを引き離そうと手のひらで、ゆっくりと指で揉んでいる内に、破れてしまう事もありました。

こうなると、100円の節約が、レンズ破損の為、23,000円の出費となってしまい、泣くに泣けない悲惨な結果となることもありました。

槇隆司さんとの取引はこんな思い出で、使い捨てレンズが全盛の今となって信じられないような嘘のような誠です。

現在槇隆司さんは、パナメディカルの社員として、ビジネスの交渉に来られています。

私の知っている範囲では、このコンタクトレンズ業界の営業では、最年長の方だと思います。

昔の事を思い出してきて、二人で昔話をすると、止まりません。

もう一つ大事な思い出があります。

それは、阪神淡路大震災の時に、被災した岡本の家に、大阪からわざわざ鉄道線路を歩いて、神戸まで飲料水を届けてくれた事です。

その後、震災復興の時も、献身的にお手伝いしてくれました。

お互いに時々、こんな昔話をしたいものです。

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